Nov 09, 2010
卒業旅行でタイ料理を食べ尽くそう
大学の友人と行く卒業旅行は、必ずかけがえのない思い出となるでしょう。ただし、外国旅行を楽しむのも卒業旅行の楽しみの一つだが、テーマのある旅は、より充実したものになるでしょう。もし食べるのが愛なら、旅先のタイでタイ料理を食べつくす旅なんていいかもしれませんね。タイは、美味しいタイ料理とスイーツがいっぱいです。私は、国内旅行に行きたいところナンバーワンは東京です。なぜなら、私は都市が良いからです。東京には多くの建物が乱立していますが、そんな光景を見ると、なぜか非常にテンションが上がることです。電車も本数が多く、都市すごいんだなと感じます。観光スポットがたくさんあって、東京は国内旅行に何度も行きたくなる不思議な魅力を持っている都市でもあります。
第93回全国高校野球選手権大会は6日午前、兵庫県西宮市の甲子園球場で開会式を実施し、15日間の大会が開幕した。初出場の宮城代表、古川工は7番目に登場。球場全体に大きな拍手がわき起こる中、「イチ、ニ、イチ、ニ」のかけ声も高らかに初々しく行進した。福島代表の聖光学院、岩手代表の花巻東も地鳴りのような歓声を受けながら、元気よく憧れの土を踏みしめた。
【関連記事】
甲子園、被災県の3校に大きな拍手
夏の甲子園開幕「消えることない絆と勇気を」
優勝校多数宿泊 伝説の甲子園宿舎が廃業で名物女将大粒の涙
長島三奈「夏頑張る子を追う“母”」
仕事帰りにちょっと坐禅…悶々とした気持ちスッキリ!
急性心筋梗塞(こうそく)で4日に死去した元日本代表DF松田直樹さん(享年34)が昨年まで16年間所属したJ1横浜Mが6日、柏との首位攻防戦にのぞむ。松田さんが愛し、そして戦力外を通告されたチームは、松田さんの死に揺れ、存在の大きさを改めて実感している。
横浜Mは横浜市内で行われた5日の練習前に選手やスタッフ、職員が円陣を組んでサポーターとともに黙とうをささげた。松田さんが導いた04年以来、7年ぶりのタイトル奪取を誓った。
「1日1日を必死に生きて、一生懸命サッカーしよう!」と呼びかけた木村監督。主将のMF中村俊輔(33)は、松田さんが横浜M時代につけていた背番号「3」を、永久欠番にするよう提案している。
松田さんのサッカーに対する純粋さは、ときとして激しい言葉に姿を変えた。選手間で慕われた半面、直情径行の言動は常に波風を立てた。彼が愛した横浜Mでも首脳陣との軋轢(あつれき)もあった。力が下降線に入ったベテランの大きすぎる存在。プロスポーツ界では避けられないリストラだった。
松田さんの解雇で横浜Mのサポーターが激怒した騒ぎも記憶に新しい。横浜市内のクラブハウスに約100人のサポーターが集まり、下條本部長らが急きょ説明会を実施することになった。話し合いは6時間にも及んだ。
日本代表でも松田さんの言葉は何度もチームに大きな影響を与えてきた。日本代表が初めて決勝トーナメントに進んだ2002年日韓W杯では、トルシエ監督の守備戦術「フラット3」を選手たちが無視してベスト16まで勝ち上がった。これは松田さんの進言があったからだった。
トルシエ、ジーコ両監督と起用をめぐって衝突し、無断でチームを離脱したこともある。トルシエには許されたが、ジーコには許されなかった。松田さんが代表に戻ることはなかった。
【関連記事】
松田さんありがとう 大合唱で見送り
俊輔提案、背番号「3」を永久欠番に
松田選手死去 カズ「マツの分まで」
松田選手死去「伝説的なDF」FIFA会長
熱中症のリスク抱えてまでやる必要なし!
6日(土・現地時間)に米国ペンシルバニア州フィラデルフィアで行われるUFC133「Evans vs Ortiz」。同大会にはUFC世界ウェルター級王者ジョルジュ・サンピエール(GSP)のチームメイトが2人出場する。
先ず1人目は、PPVカードでマイク・パイルと対戦するローリー・マクドナルド。マクドナルドは、7月22日に22歳になったばかりで、UFC2勝1敗、MMA通算戦績12戦11勝1敗というずば抜けたリザルトを残している。
2009年9月、20歳になったばかりでUFCと契約し、最年少契約記録を樹立した。そんな彼が大いに注目を集めるようになったのが、初めて敗北を喫した昨年6月の地元カナダはブリティッシュ・コロンビア州バンクーバー大会。カーロス・コンディットを相手に序盤の2Rを圧倒していたマクドナルドだが、3Rに失速し、残り7秒パウンドで逆転負けに。
とはいっても、この日がUFC移籍3戦目の元WEC世界ウェルター級王者を圧倒したシーンが、大きな話題となった。その後、コンディットがダン・ハーディ、キム・ドンヒョンを相手に何もさせず、連続KO勝ちをしていることを考えれば、マクドナルドの打撃の強さが分かるというもの。
マクドナルドは、この敗北を機に生まれ故郷を離れ、モントリオールへ移り住みGSPの所属するトライスター・ジムへ。移籍後初戦となった4月のトロント大会では、あのネイト・ディアズを打撃で完封。今回は当て感の良さや破壊力だけでなく、抜群の間合いのコントロールを見せ、テイクダウンでも試合を完全に支配した。
尊敬する先輩GSPのいうところの「プロMMAファイターは誰でもスタミナがある。如何に効率的に動くかが勝負」という言葉を実践した形となったマクドナルド。打撃よし、テイクダウンよし、パウンド+エルボーの破壊力も十分と、若さゆえのスピードと勢いを持ちながら、早くも成熟した試合展開も見せ始めている。
対戦相手のパイルは、組み技の強さに加え、打撃戦を避けながらもテイクダウン、そして寝技という展開を構築しつつあるファイターだ。マクドナルドの勢いを吸収できるだけのインサイドワークを発揮できるか。その辺りが、勝負の鍵となりそうだ。
もう1人のトライスター・ジムのファイターは、プレリミのバンタム級戦でニック・ペースと対戦するアイヴァン・メンジバーだ。メンジバーといえば、キャリア5戦目に経験した初黒星が、デビュー戦のGSPだったという過去を持つ。現在の二人の階級を考えると、よく成立したと思われるカードだ。
メンジバーはその後も主にライト級で試合出場機会を得て、なおかつ好成績を残しており、04年1月にはUFCデビューも果たしている。当然、ライト級での出場となったが、マット・セラに敗れて1試合でリリースされ、フェザー級転向を決意した。
06年1月には地元モントリオールのTKOでフェザー級時代のユライア・フェイバーと戦い、互角の展開のなかで、ヒザをついた状態のフェイバーにケリを見舞い、反則負けになるや、日本にターゲットを変えHERO’Sミドル級(=70キロ)世界最強決定トーナメントに出場、再びライト級の世界で勝負を挑んだ。
同トーナメントでは中原太陽、所英男という同じような体格のファイターに勝利するも、準決勝で宇野薫の圧力に判定負けとなった。この後、1試合を挟み、家族を養うために4年に渡りリングを離れ、メンジバーは今もモントリオール国際空港で仕事を持っている。
2010年1月に復帰戦を勝利で飾ると、早くもWECからオファーが届いたが、メンジバーはバンタム級でブラッド・ピケットに敗北。それでもUFC移籍を果たしている。
トロント大会ではエルボーでチャーリー・ヴァレンシアを失神に追い込み、第一線復活を遂げたメンジバー。MMA一本で生活するためにも、元ROCバンタム級王者ペースとの一戦は、落とすことができない。スピード&パワーが試される対戦となるだろう。
[MMAPLANET]
【関連記事】
UFC133対戦カード 秋山vs.ベウフォート、ラシャドvs.ティトほか
四面楚歌でビクトーとの決戦に挑む秋山=UFC133展望
負ければ解雇も!? 秋山が天才ビクトーに勝利するためには
王者返り咲きを目指すティト・オーティズ
UFC特集――コラム、ニュース、試合詳報など
WriteBacks
writeback message: Ready to post a comment.