May 08, 2009

無料のセミナーも就職塾

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 「世界の人たちと、核廃絶のために何ができるかを考えたい」―。非政府組織(NGO)「ピースボート」の船に被爆者や若者らが乗り、世界各地で核廃絶を訴える「ヒバクシャ地球一周証言の航海」が23日、横浜港を出港した。今回の航海には、「平和大使」として、横浜市に住む高校生も乗船している。

「平和大使」の一人として参加しているのは、同市青葉区在住で東京の私立高校3年生、今野英里子さん(18)。

 中学3年生の時に学校で受けた平和教育に関する授業で、核兵器の恐ろしさを実感。さらに、「核なき世界を目指す」とした米オバマ大統領のプラハでの演説に感銘を受けたことも、今回の航海に参加するきっかけになった。そして、ただ海外を旅行するだけでなく、「目的を持った旅に出たい」と考えるようになったという。

 「船上では実際に被爆者の方の話を聞いて、広島や長崎で何があったのかをあらためて学び、真実を世界に広めたい」と今野さん。「核問題は戦時中だけの話ではなく、未来にも関わってくる問題なので、世界に向けてどういう活動ができるのか、若い世代として考えたい」とも話す。

 今野さんら「平和大使」の高校生5人は、およそ2週間かけてタヒチに向かい下船し帰国するが、現地で学校などを訪れ、若者に核廃絶の重要性を呼びかける。

 「ヒバクシャ地球一周証言の航海」は今回で4回目。8人の被爆者や被爆2世1人も参加し、およそ3カ月をかけて16カ国を巡り証言を続ける。出港前に会見した被爆者の一人、兵庫県西宮市の壷井進さん(82)は「ノーモア広島、ノーモア長崎を願って、今回参加した。船上や寄港地で、被害の実情を伝え、核廃絶を強く訴えたい」と抱負を語った。

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 「第17回環境フォト・コンテスト2011」(プレジデント主催、環境省など後援)の入賞作品がこのほど発表され、「環境フォト大賞」に秋田和征さんの「65回目の夏」が選ばれた。

 同コンテストは、企業と生活者が写真を通じて地球の姿を見つめるという狙いで、94年から毎年開かれている。今回は1万7256点の応募の中から、「環境色彩」「気候〜そのめぐみ」など18テーマで優秀賞各1点、佳作各2点を選び、その中から最優秀賞の「環境大臣賞・環境フォト大賞」1点が選ばれた。

 大賞の「65回目の夏」は、10年8月6日の原爆忌の夜、広島の平和祈念公園を流れる灯籠(とうろう)と原爆ドームを撮影したもので、「原爆の恐ろしさを伝えたいという思いが込められた素晴らしい作品」と評価されている。

 コンテストの特設サイト(http://www.president.co.jp/photocon/)では、入賞作品発表期間の3月まで、サイトを訪問したユーザー1人当たり1キロのCO2(二酸化炭素)に換算し、CO2排出権を取得する「カーボンオフセット」を実施している。次回の作品募集は5月からの予定。(毎日新聞デジタル)

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 那覇市在住のエッセイスト、ゆたかはじめさんは鉄道ファンでも知られ、以前、佐世保名物に由来する当地の駅弁「レモンステーキ弁当」の話をしたら、ご存じなく、駅弁の包装紙を送っただけで大変喜ばれた。親交あった鉄道紀行作家の故宮脇俊三さんにとっては最初「敷居が高い」人だった。自身まで三代続いた裁判官で、最後は東京高裁長官だったと聞けば、さもありなんだろう。
 そんなゆたかさんから届いた近著「広田弘毅の笑顔とともに 私が生きた昭和」(弦書房)に、長崎原爆の話が出てくる。父寿さんは、戦後、文官でただ一人A級戦犯として絞首刑になった悲劇の宰相、広田弘毅の内閣時に首相秘書官を務めた人で、あの8月9日は長崎地裁所長だった。
 当時、長崎市立山にあった官舎で被爆する。ゆたかさんが、寿さんから聞き取っていた記述によれば、
 ちょうど写真のマグネシウムをすぐ近くでたいたように、白く強い光が一面に閃(ひらめ)いた。オヤッと思う次の瞬間、ガラガラ……ッ ドドーンという大きな音がして、家の中は一時に壁や建具が飛散(中略)メチャメチャになった。
 寿さんは原爆症となるが助かり、後世に残そうと趣味のカメラを携えて爆心地を撮影したり、後年は平和公園の平和祈念像の建設推進に動き回ったりしたという。
 明治期の洋館だった官舎は今、グラバー園に移築保存され、訪ねると、往時の洋装をして記念撮影できるようになっていて、おそらくは被爆の歴史は知らぬ女性観光客たちでにぎわっていた。
 ゆたかさんは今82歳。少年時代に知る広田元首相は戦中を除けばいつもにこにこしていたことから付けた書名という。思えば、ゆたかさんも会えば笑顔。元官舎の平和な光景に、にこにことしてくれるだろうか?<佐世保支局長・小川敏之>
〔長崎版〕

1月24日朝刊

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